
五十嵐可菜
料理人


五十嵐可菜
料理人

1991年北海道生まれ。大学在学時に精進料理の授業で「料理はいちばん儚い芸術」という恩師の言葉に心打たれ、料理の道を志す。中華料理店での修業、ケータリング活動を経て、2021年東京・永福町に〈中華可菜飯店〉、2024年渋谷にプロデュース店〈中華可菜点心〉をオープン。現在は兵庫県の城崎温泉にも拠点を増やして東京と往復しながら活動している。

私にとって初めての海外旅行はタイのバンコクだった。高校を卒業して間もない19歳の春、写真家として活動している父の友人がバンコクで写真を撮るというので、ついていったのだ。とはいえ、その時の強烈な記憶はなく、連れられるがまま、観光地を巡った。 そんなバンコクに、20代後半に再び訪れることになった。当時勤務していたレストランのタイ支店立ち上げが決まり、急遽滞在が決まったのだ。住んだのは半年間だったが、帰国後もその頃の友人に会うため何度か再訪している。どうやらバンコクとは、切っても切れない不思議な縁があるようだ。 19歳のころとは違い、とにかくタイ料理に興味津々だった私は、屋台飯からクラシックな料理まで、休みの度に様々な料理を食べ歩いて回った。そんなバンコクでの記憶を振り返る時、必ず思い出すのが、「ゲーンチュー」というスープである。 タイ料理といえば辛みや酸味、甘み、ふんだんなハーブやスパイスが絡む華やかなイメージがあるが、ゲーンチューは全然辛くない。刺激も、派手さもない。日本でいう味噌汁のような、日常のスープだ。まさに日本の「ご飯+味噌汁+おかず」のように、タイの食卓や屋台でも「主食+おかず+スープ」という組み合わせをよく見かけた。やはり毎日の食事を支えるのは、こうしたシンプルな汁物なのだと思った。 初めて口にしたのは、私がよく遊びに行っていた友人宅。食への興味は人一倍あったものの、辛いものが苦手な私は慣れない食事で胃腸を壊しがちで、よく日本食レストランで蕎麦を啜っていた。そんな様子を見かねて、友人の母親が作ってくれたのが、ゲーンチューだった。 タイにこんな優しい料理があるのかと驚いた。白い器に盛られた澄んだスープの中には、ざく切りのにんじんやじゃがいも、玉ねぎが浮かんでいる。口に含むと、にんにくの香りとパクチーの根の土っぽさがアクセントになっていて、柔らかな塩味がじんわりと身体に染みわたった。それはまるで実家の肉じゃがのような安心感。だけれど異国の味。 そのスープを作ってくれた家の台所の風景も、また忘れられない記憶の一つだ。タイの台所はとても気持ちがいい。タイは1年を通して気温が高く、室内で火を使うととても暑いからという理由で、半屋外に台所がある家が多いのだ。友人の家の台所もそうだった。隣の家が飼っている犬が台所の淵に手をかけてご飯を欲しそうにこちらを見つめているのを横目に、中華鍋を振るお母さんの姿が印象的だった。 現在私は東京で「中華可菜飯店」という店を営んでいる。厨房に立ち、湯気の中で仕事をしていると、ふとあの半屋外の台所を思い出すことがある。 中華料理というと、「油っこくて重たい」という印象を持たれがちだが、お店では“毎日食べても食べ疲れない料理”を心がけている。それはきっと、タイ料理におけるゲーンチューのような存在を目指しているのかもしれない。あの静かな一杯で私が助けられたように、いつか誰かがここの料理を食べて、ふっと肩の力が抜けるような、そんなお店に育てて行きたいと思った。 少し話は逸れるが、「中華可菜飯店」という店名にはいくつか由来があり、そのひとつに「中華かな?」「中華じゃないかも?」というダジャレのような遊び心も込めている。 「中華じゃないかも?」しれない中華料理店なのだから、あの思い出のゲーンチューがメニューに並ぶ日も、そう遠くないかもしれない。