
小原晩


小原晩

1996年東京生まれ。作家。
2022年に自費出版エッセイ『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。大きな話題となり2024年に商業出版化。2026年には初の小説集『風を飼う方法』(河出書房新社)を刊行した。

日々はうまくいかないことばかりである。そういうとき、どうにもならないような気持ちになって、ひとりの小さな部屋ではなくて、外に出て、たっぷりと歩きたくなる。雨の日なんかじゃむずかしいけれど、そうでなければ、近くのコンビニエンスストアで飲みものを買って、いくつもの角を曲がって、月をさえぎる雲を見て、ゆれる木を見て、階段をのぼって、太った野良猫に話しかけて、返事をされて、朝はわたしに近づいてきて、健康第一のランニングマンとすれ違って、するとなんだか気が済んできて、家に帰ったりする。 わたしは、散歩がすきなのである。悪いときの散歩もいいし、良いときの散歩もいい。ひとりの散歩もいいし、ふたりでの散歩もいい。大人数だとむずかしい。 いつから散歩がすきなのだろうと考えてみると、ひとり暮らしをはじめて、お金がなかったころだと思う。夜ねむれないときなどには、明日の仕事のことも気にせず、ベッドからでて、街を歩いたものである。 ひとりでお店に入ることもできないし、友だちも近くに住んでいないし、お金がないのでタクシーにも乗れないし、電車はもう動いていない。だからそのへんをぷらぷら歩くことしかできなくて、ただただ歩いて、つかれはてるまで歩いて、家に帰って、お風呂に入って、ぐっすり眠っていたわけである。それはいつしか習慣になり、生活になっていった。 散歩が生活の一部から、生活における特別な時間だと思うようになったのはそれから6、7年経ったあとだった。 そのときもあいかわらずお金はなくて、しかし自由な時間はたっぷりあった。一緒に住んでいた恋人は仕事へ出掛けていて、わたしは昼すぎに起きた。鏡の前で寝癖をなおしているとき、アイスコーヒーを飲みながら、よく晴れた道を歩きたいと思った。 こんなこともあろうかと、以前コンビニで買った、氷の入ったカップに注ぐアイスコーヒーの容器をとってあった(もちろんよく洗っている)。 インスタントコーヒーを少しのお湯で溶いて、水を足し、氷を入れる。カップに移して、家を出る。歩く、飲む、つめたい、うれしい。お金はなくとも、やろうと思えば、やれることはある。歩きながら、夕飯のことを考える。冷蔵庫にあったかぶは、スープにするのがいいだろう。街中の花壇に目がいく。この小さな花たちを、誰が植えているのだろう。花は風にゆさぶられて、それでもりんと咲いている。三時を少し過ぎたころだった。いまのわたしというものは、誰にもなにも言われない。誰にも怒られない。だってわたしがいまここでこうしていることは誰も知らないのだから。わたしはどこへでもいけるし、どこへいかなくてもいい。その事実が胸いっぱいにひろがってくる。自由というものは、こういうかたちでやってくることもあるのだと、あたらしい気持ちで知る。そのとき、散歩はわたしにとって、たしかなものになったのだった。